令和七年度 大学入学共通テスト追試験 公共、政治・経済 第6問 問4
問題
為替相場の安定に関連して、生徒Wと生徒Xは、主要通貨間の為替相場の安定のために20世紀以降に確立した仕組みと、それをめぐる各国の対立と協調について調べ、次のカードa〜eにまとめた。最初に起きたのがカードaの出来事であり、最後に起きたのがカードeの出来事である。これら二つの出来事の間に起きたカードb〜dの出来事について、それぞれの出来事を古いものから順に並べたものとして正しいものを、後の①〜⑥のうちから一つ選べ。
| カード | 内容 |
|---|---|
| a | 1929年に始まった世界恐慌は、イギリスのポンドを中心とした国際金本位制に終焉をもたらした。恐慌が拡大すると、主要国は、それまで採用していた金本位制を停止して、相次いで自国通貨の為替相場を切り下げた。 |
| b | アメリカは、主要国の通貨当局に対して、金1オンス=35ドルのレートでドルを金と交換することを保証した。アメリカ以外の主要国は、自国通貨と米ドルとの為替相場を固定した。 |
| c | アメリカの金利が上昇してドル高が続いたため、主要国はドル高是正に合意し、当時の西ドイツのマルクや日本の円の米ドルに対する為替相場が上昇した。この合意はプラザ合意と呼ばれた。 |
| d | ニクソン・ショック(ドル・ショック)の後、主要国は固定為替相場制の維持を試みたものの長続きせず、変動為替相場制に移行した。 |
| e | ドイツのマルクが、たびたび米ドルに対して上昇し、欧州の主要通貨間の為替相場の変動が激しくなったため、EU(欧州連合)内の主な国は、相互の為替相場を安定させた後、通貨を統合して共通通貨ユーロを導入した。 |
①b→c→d ②b→d→c ③c→b→d
④c→d→b ⑤d→b→c ⑥d→c→b
解説
正解:②
本来はaからeまで並べ替えろって問題だったと思われるが、流石にそれは畜生過ぎるだろうという事でbcdを並べ替えろという問題に変わり、でも悔しいのでaとeは残すだけ残した…という経緯で作られたと思われる問題である
・復習用資料:経済分野第三章/国際経済通史の知識を正面から聞いてくる問題である
⇒私が学校で、第二次世界大戦後の歴史の話をする時、口を酸っぱくして言うのが“何年に何が起きたとか、細かい事は覚えんでいい”“ただし!!”“何年代に何が起きた、何年代はこういう時代、っていうのは覚えておけ!!”である。まさにそれができていれば解ける問題になっている
a 1929年に始まった世界恐慌は、イギリスのポンドを中心とした国際金本位制に終焉をもたらした。恐慌が拡大すると、主要国は、それまで採用していた金本位制を停止して、相次いで自国通貨の為替相場を切り下げた。
・並べ替える必要はないが一応。本文中にある通り、aは1920年末(と1930年代前半)の話である
⇒問題文から、これが最初である。よって、bcdは1930年代以降の話という事になる
b アメリカは、主要国の通貨当局に対して、金1オンス=35ドルのレートでドルを金と交換することを保証した。アメリカ以外の主要国は、自国通貨と米ドルとの為替相場を固定した。
・bは要するに、“ブレトン=ウッズ体制ができたよ~”という話である
⇒ブレトン=ウッズ体制ができたのは、第二次世界大戦直後。つまりbは、1940年代の話である
※より正確に言うと、ブレトン=ウッズ体制を定めた協定が結ばれたのは1944年。と言っても全然戦争中なので、第二次世界大戦が終わってから本格的に始動する事になる
c アメリカの金利が上昇してドル高が続いたため、主要国はドル高是正に合意し、当時の西ドイツのマルクや日本の円の米ドルに対する為替相場が上昇した。この合意はプラザ合意と呼ばれた。
・プラザ合意という単語が出てきたら、即座に“日米貿易摩擦だ!”となってほしい
⇒日米貿易摩擦と言えば1980年代。よってcは1980年代の話である
d ニクソン・ショック(ドル・ショック)の後、主要国は固定為替相場制の維持を試みたものの長続きせず、変動為替相場制に移行した。
・dは要するに、bで見たブレトン=ウッズ体制が崩壊したという話である
⇒ブレトン=ウッズ体制の崩壊は1970年代。1970年代は、国際経済史的には“ブレトン=ウッズ体制の崩壊”と“二度の石油危機”の時代、即ち世界的に不況の時代であると覚えておきたい
・よって、dは1970年代である
・後は年代順に並べ替えれば、②のb→d→cが正解と分かる