日本国憲法と人権(社会権)
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|---|---|
| 日本国憲法と社会権1/概要 | YouTube |
| 日本国憲法と社会権2/生存権1 | YouTube |
| 日本国憲法と社会権3/生存権2 | YouTube |
| 日本国憲法と社会権4/教育を受ける権利、勤労権 | YouTube |
| 日本国憲法と社会権5/労働三権 | YouTube |
●概要
十八世紀以前の革命の時代、自由権が重視された。自由権は「政府は何もするな、国民に介入してくるな」というものだが、この時代の自由の本質は経済的自由にあった。資本家による「もっと自由に金儲けをさせろ」である。故に、革命の時代の自由権とは、労働者の給料を極限まで減らす自由であったり、労働者を一日十四時間も働かせる自由であったり、労働者の参政権を認めない事で労働者の意見を封殺する自由であった。
この状況に反発した労働者層、即ち庶民は、自由権の制限は求めなかった。代わりに、参政権を求めた。十九世紀を通して、徐々に参政権が拡大していった。男子普通選挙が、多くの国で達成された。しかし、それでも貧富の格差は残った。特に第一次世界大戦から世界恐慌の流れは、自由主義国家の理論的支柱だったアダム・スミスの「神の見えざる手」理論を完全に崩壊させた。そして、「「自由国家」じゃ駄目だ。国が、企業や個人の自由を制限して(企業や個人の活動に介入して)、困っている人を救っていかないと駄目だ」という潮流を生んだ。第一次世界大戦によって上流階級と労働者が戦友となり、同じ国民としての仲間意識を持った事も、この風潮を後押しした。
こうして、二十世紀的人権として誕生してくるのが【社会権】である。社会権は[積極的権利]と呼ばれ、国家による自由などとも言われる。この風潮は二十世紀中頃まで続く。日本国憲法は、まさにこの風潮の真っただ中で誕生した憲法であり、社会権もまた細かく規定されている。
大きく分けると、【生存権】、[教育を受ける権利]、【勤労権】、【労働三権】の四種類となる。また、累進課税に代表される富の再分配も、この社会権がベースになっている。
ちなみに、社会権に関する日本国憲法の条文は、実は連続している。生存権は日本国憲法【二十五条】で保障されているが、[二十六条]で教育を受ける権利が、[二十七条]で勤労権が、[二十八条]で労働三権が保障されている。
●生存権
・生存権は【プログラム規定説】と切っても切れない関係にある
・なので具体的に生存権はどういうものかとかそういう話をする前に、プログラム規定説の話を
・プログラム規定とは要するに、努力目標という意味である
・ある憲法の条文をプログラム規定とみると、「これは努力目標である」「守れなくても仕方ない」となる
⇒この説明を見ただけで、特大級の爆弾と分かる考え方である。プログラム規定説を広範に認めた場合、それこそ憲法九条も「プログラム規定だから守らなくてもよい。よって軍隊が存在しようが戦争しようが問答無用でセーフ」になり得る
・日本国憲法では、生存権を定めた【二十五条】がプログラム規定説で解釈されている
※但し、厳密な意味でのプログラム規定説ではない。細かい話は後で見るので、まずは条文を見てみよう
日本国憲法第二十五条 すべて国民は、健康で【文化的】な【最低限度】の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
・この条文で問題になるのは、「健康で文化的な最低限度」というのは具体的にどんなものかという話
・もっと言えば、「健康で文化的な最低限度の生活」がどんなものか決めるのは誰か、という点である
・誰が決めるか、及びプログラム規定説との関わりを、有名な訴訟を挙げて見ていこう
・食糧管理法違反事件
第二次世界大戦中、国民の食料は配給制になっていた。各家庭に引換券が配られ、この引換券を持って役所等に行くと食料と交換できる、という制度である。が、敗戦によってこの配給制が崩壊する。具体的には、配給される食糧が明らかに少なくなり、配給された食料だけでは生きていけないという状況に陥った。この為、いわゆる闇市が開かれ、違法な食糧が流通していた。1947年には、裁判官が餓死するという事件も起きている。この裁判官は配給制度を守り、闇市から食料を購入しなかったのだが、それで餓死したのである。
こうした状況の中、闇市で違法に食料を調達していた者が摘発されて裁判にかけられ、むしろこの配給制度こそが違法であると反撃したのが、いわゆる「食糧管理法違反事件」である。現実に配給制度では餓死者が続発しているのだから、配給制度そのものが生存権の侵害であり、憲法二十五条に反するとしたのである。
実際のところ、素直に条文を読み、尚且つ状況を考えれば国の負けである。とは言え、配給制度は少ない食料で多くの国民を生かす為の制度である。そういう配給制度でも国民が餓死するのは、食料が少ないから(連合軍が戦争で徹底的に日本のインフラを破壊したから)である。この状況で配給制度は違憲として廃止すれば、少ない食料を巡っての奪い合い、無法状態が発生して余計に国民が死ぬのは目に見えている。
そこで、裁判所が採用したのがプログラム規定説である。憲法二十五条の言う「健康で文化的な最低限度の生活」の保障というのは、これは努力目標であって、結果的に守れなくても仕方ない。具体的にどのような生活が「健康で文化的な最低限度の生活」なのかは国が決める。そういう形にする事でその場をしのいだのだ。
この判決が出たのは1948年9月。この年の年末には配給される食糧の量も大幅に増え、翌年には飲食店が再開するなど、国民の食生活は改善され、餓死者は見られなくなっていく。
・【朝日訴訟】
・生存権を保障する法律の一つが、【生活保護法】
・生活保護法は、以下のような法律である
生活保護法第一条 この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。
・生活保護を受けていた人が、現行の生活保護による支給額では「最低限度の生活」ができないと提訴
※起訴したのは1957年で、当時の生活保護の支給額は600円。これは、原告の請求を棄却した(支給額600円は合憲とした)高等裁判所も、その判決で「日用品費月600円はすこぶる低い」と言うぐらいには低かった。この為、支給額の増額を求めて提訴したのが朝日訴訟である
・最高裁は、原告の【請求を棄却】した
⇒食糧管理法違反事件のプログラム規定説を踏襲し、憲法二十五条は努力目標であるとした。また、「健康で文化的な最低限度の生活」の基準を決めるのは国である、と示した
・高校公民では、朝日訴訟(と[堀木訴訟])によって生存権はプログラム規定説になった、とされる
・実際、受験等では「朝日訴訟で憲法二十五条はプログラム規定と示された」とか書いて問題ない
・ただ、朝日訴訟からは、厳密にはプログラム規定説でない事も知っておきたい
朝日訴訟最高裁判決 現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等憲法および生活保護法の趣旨・目的に反し、法律によって与えられた裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となることをまぬかれない。
⇒要するに、「憲法二十五条は努力目標ですよ」「何が最低限度の生活かは国が決めますよ」という基本線は踏襲するが、一方で、「あまりにも劣悪な環境に国民を置いたら、それはそれで違憲ですよ」とも言っている。割と玉虫色感のある判決。実際、この判決の後、生活保護の支給額は増額されている
・[堀木訴訟]
・障害福祉年金と児童扶養手当は、併給不可だった
※障害福祉年金:障害者と認定されると国から貰えるお金
※児童扶養手当:何らかの理由で片親となってしまった子供の養育費を地方自治体が一部支給するもの
・この併給不可は憲法二十五条違反である、併給させろと提訴したのが堀木訴訟
・最高裁は、原告の[請求を棄却]した
⇒朝日訴訟を踏襲した。「憲法二十五条は努力目標ですよ」「何が最低限度の生活かは国が決めますよ」「あまりにも劣悪な環境に国民を置いたら、それはそれで違憲ですよ」の三本柱がそのまま継承されている
・以上のように、生存権とプログラム規定説は切っても切れない関係にある
・高校公民のレベルでは、ざっくり「生存権はプログラム規定」でいい
・が、現代に生きる日本国民としては、「厳密なプログラム規定ではない」というのも知っておきたい
※実を言うと、生存権を保障する法律として、【労働基準法】というのもある。これについて詳しくは、経済分野で
●教育を受ける権利
・[二十六条]によって保障されている権利
・文化的生存権とか、社会権であると同時に平等権でもあるとか言われる権利
日本国憲法第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく[教育を受ける権利]を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に[普通教育を受けさせる]義務を負ふ。義務教育は、これを[無償]とする。
・ポイントは三点
1:全ての国民は[教育を受ける権利]を有する
2:全ての国民は、その保護する子女に[普通教育を受けさせる]義務を負う
3:義務教育は[無償]
●勤労権
・日本国憲法[二十七条]によって保障されている権利である
日本国憲法第二十七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
・二十七条は、労働の権利と義務を同時に定めている
⇒中学社会でもやるように、労働は日本人の義務と定められているのだが…それはそれとして、現代日本人は普通、労働によってカネを稼ぎ、そのカネで暮らしている
・つまるところ、現代日本に於いて労働とは、国民の義務であると同時に権利なのである
⇒誰だって労働なんかやりたくない。毎日休みで遊んで暮らしたい。その意味では、労働とは、国民が「やりたくない!」と思う「義務」である。しかし現実には働かないと食っていけない訳で、労働は、国民が「仕事をやらせろ!」と要求できる「権利」でもあるのだ
・よって、日本国憲法二十七条に基づき、国は労働の権利を保障しなければならないと解される
⇒即ち、「国民には労働の意思があるのに仕事がなくて労働できない」という状況の解消が国に求められる。よってこの勤労権を根拠に、国が[職業安定所(ハローワーク)]を設置している
日本国憲法第二十七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
3 児童は、これを酷使してはならない。
・尚、見ての通り、二十七条は勤労権以外についても定めがある
⇒2項は「労働者を守る法律を作れ」という部分、3項は児童労働の厳しい制限である
※2項に基づいて作られた法律の代表例が労働基準法。「労働者は、最高でも○時間までしか働かせちゃ駄目」「労働者を、最低限これぐらいは休ませてやれ」といった事を定めている法律である
●労働三権
○概要
・企業と労働者の関係は、基本的には私人と私人、対等の関係である
⇒少なくとも建前上は、「使用者(経営者、会社の社長等)と労働者(社員)は対等である」という形になっている
・だが、現実的な力関係という意味では、明らかに使用者(経営者)の方が強く、労働者(社員)は弱い
例1:労働者A「給料を上げろー!」使用者「うるせぇリストラだ」
例2:労働者B「休みを増やせー!」使用者「うるせぇ左遷だ」
・このまま放っておくと、労働者の給料は減る一方、待遇は悪化する一方である
⇒ここで導入される仕組みが、「労働者が団結して、企業に対抗する」である。たった一人の社員が社長に「給料上げてくれ」と言うだけなら、社長側も、左遷なりリストラなり好きなように対処できる。しかし、社員全員が「給料上げろ!」と言ってくると、社長も困る。更に、社員全員が「給料上げないなら働かないぞ!」とか言い出されると、かなり困る。大抵の場合、社員全員をリストラする訳にはいかないので…
・この「労働者が団結し、使用者に対抗する」権利を保障するものが、労働三権である
⇒日本国憲法[二十八条]で保障されている
第二十八条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
・労働三権は、基本的に以下の三種である
| 労働三権 | 概要 | つまり… |
|---|---|---|
| 【団結権】 | 【労働組合】を結成する権利 | 労働者は、「給料上げろ!」「休みを増やせ!」といった事を要求する為の団体、即ち労働組合を作ってよい |
| 【団体交渉権】 | 【労働組合】が団体で使用者と交渉する権利 | 労働者は、労働組合という集団として、「給料上げろ!」「休みを増やせ!」といった要求を会社に出し、交渉してよい |
| 【団体行動権(争議権)】 | 【労働争議】をする権利 | 会社側との交渉がうまくいかないのであれば、労働者は、労働組合の皆で実力行使をしていい |
・また、労働者が起こす労働争議としては、以下の手段がある
| 労働争議の種類 | 概要 |
|---|---|
| 【同盟罷業(ストライキ)】 | 労働者が示し合わせて、一斉に、仕事を完全放棄する |
| 【怠業(サボタージュ)】 | 労働者が示し合わせて、意図的に怠けて仕事をする(仕事を完全放棄するところまではしない。意図的にサボる) |
| 【ピケッティング】 | 労働組合として、ストライキに参加しない労働者が仕事をしようとするのを阻止したり、ストライキへの参加を勧誘したりする |
⇒要するに、労働者が一人で「給料上げろ!」と社長に直訴してもリストラされて終わりなので、まず、団結権に基づいて労働組合を作る。そして、労働組合として(皆で)「給料上げろ!」と要求する。社長側が全然話を聞かないようなら、「労働争議(ストライキ等)をするぞ!」と脅したり、実際にやって無理矢理言う事を聞かせたりする…という形である
※尚、使用者(企業)の側も【ロックアウト】という対抗手段を持つ。職場を閉鎖して、労働者を働かせない(ので給料も払わなくてよくなる)というもの。要するにストライキの逆である。ただ、余程の事情がないと違法になるので軽々しくは使えない
○労働三権の制限
・労働三権は、原則、あらゆる労働者に認められている。但し【公務員】は、一部、制限されている
⇒細かい事を言い出すと職種によって色々あるのだが、基本的には以下のように覚えるとよい
1:公務員の内、[警察官、自衛官、刑務官、海上保安庁職員、消防職員]等は、労働三権が一切認められていない
2a:一般的な公務員は普通、[団結権]は認められている
2b:一般的な公務員は普通、[団体交渉権]があったりなかったり、制限がかかっていたりする
3c:一般的な公務員は普通、[団体行動権(争議権)]が認められていない
※公務員にも様々な種類があって、種類ごとに労働三権の制限は細かく異なる。それを全部覚えていったらキリがないし、大学受験でもそこまで聞いてくる大学は少数なので、ざっくり上記のように覚えておくとよいだろう
・上記を表にすると、以下のようになる
| 団結権 | 団体交渉権 | 団体行動権 | |
|---|---|---|---|
| [警察官、自衛官、刑務官、海上保安庁職員、消防職員]等 | × | × | × |
| 一般的な公務員 | ○ | △ | × |
・尚、公務員の労働三権を制限するのは違憲ではないかという裁判は、複数起きている
⇒最高裁の判断は、公務員の労働三権制限は合憲、というもの。その根拠に使われているのが、日本国憲法第十五条の、「すべて公務員は、[全体の奉仕者]であつて、一部の奉仕者ではない」である。
※この話は、実は色々と裏があるので、経済分野第二章「社会福祉」の「労働問題」の「労働問題の歴史」のところで改めて取り上げよう
・なお、公務員は労働三権が制限されている為、放っておくと給料が上がらない可能性が高い
⇒職種によっては労働組合が作れないし、作れても基本、「給料上げないならストライキだ!」ができない。そうなると当然、公務員を雇う側(政府)からしても、給料を上げる動機がない訳である
・よって、労働三権制限の代償措置として、[人事院]による勧告制度がある
⇒この役所が、「今年は公務員の給料これぐらい上げてやりなよ」という勧告を出す。その勧告を受けた内閣が会議を行い、最終的に「じゃあ今年は公務員の給料これぐらい上げましょう」と決定する
※これもより正確な話をし始めると、「公務員の中でも国家公務員向けの勧告出すのが人事院で、地方公務員向けの勧告出すのが人事委員会で…」とかあるのだが、そこまで細かい話は私大の入試でもたま~~~~に見るぐらいなので…
~ちょっと雑談 公務員の給料を上げる必要ある?~(クリック・タップで雑談を表示)
特に1991年にバブル景気が終わってから、日本は30年以上不況であった。つまり、国民の大多数は、「給料は下がる」「同僚はリストラされる」「何なら会社が潰れて無職になる」を散々見てきた訳で…一方で公務員は、国に雇われている以上、少なくとも「会社が潰れて無職になる」は起きない。となれば、「俺達一般国民はこんなに苦しんでいるのに、公務員はラクしやがって、許せねぇ!」というのは人情であろう。
そして意外かもしれないが、現代日本は民主主義国家なので、国民の大多数に支持されている政策というのは基本、無視されづらい。よって、2010年ぐらいまでは、明らかに公務員の待遇は悪くなり続けていた。
ところで、公務員の待遇が悪くなると、一般日本国民にとって悪い事はあるのだろうか?
例えば、令和六年現在の日本ではまだあまり起きていないが、公務員が賄賂を要求するようになる可能性がある。
何も悪い事をしていなくても、警察官に賄賂を渡さないと捕まる…というのは、現代でも、発展途上国ではよくある。これは多くの場合、「警察官の給料があまりに少なすぎて、賄賂なしでは生活できない」というのが原因のひとつとして大きい。
他にも問題はある。公務員の待遇には全国労働者の待遇(給料がいくらか、休日が年に何日あるか、等)を間接的に左右する効果があり、公務員の待遇が悪くなると、民間企業の待遇も悪くなるのだ。
詳しく説明しよう。公務員は労働三権が制限されている一方で、「公務員の待遇は模範」という側面もある。「公務員すらこれぐらいいい待遇を受けてるんだから、民間企業もこれに倣えよ」という側面である。
普通の労働者は、待遇いいところに就職したがる。例えば、公務員と民間企業を比べた時、公務員の方がいい待遇だとなれば、皆公務員になりたがる。そうなってしまうと、民間企業には新入社員が来なくなる。だから、公務員の待遇がいいと、民間企業も労働者の待遇を上げる必要が出てくる。
このように、公務員の待遇には、全国労働者の待遇を間接的に左右する効果があるのだ。
…と考えると、「民間企業の社員は劣悪な待遇で働いてるんだから公務員も苦しめ」という考え方は、まぁヤバイと分かりますね。
~みんなで幸せになろうよ~